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私とイスラーム

ちょっと片意地をはって、書かせていただいた論文もどきからの抜粋です。。

独特の言いまわしが、
なんか「salmaらしくないぞ〜」と言われそうですが(笑)、
これも、この手の世界のお約束だと思って、
お暇があるときにでもお目通しいただければ嬉しいです♪

またこの中に、
私とイスラームとの出会いのエッセンスが
詰まっているように思っています。

でも、本音と実際は、
ただの「なんちゃってムスリマ」なんですけれど〜^_^;。うふ♪


 当論文を書き進めるにあたって、

まず当テーマを設定した経緯に触れることをお許しいただきたい。
それは、私(正確には、私たち
そして現在の私たちを支えてくれた方々との出会い)の体験から紡ぎされれてくる、
ある種の「語り」としての性格をもっているかもしれない。

1. 私の中の「異文化」との出会い


 私は去る1998年11月27日、
東京・池袋の繁華街の一角にある東京イスラムトラストにいた。
私はこれから「ムスリマ」(イスラム教を信奉する信者の女性の総称。ムスリマに対し、
男性信者のことをムスリムと総称する)になろうとしていた。
これから、慣れ親しんだ両親からもらった私の名前に、
「salma=サルマ」というムスリマネームが加わることになるのだ。

 世紀をまたいだ2001年現在、
世界中でイスラム教を信奉する信者は、12,13億とも言われている。
キリスト教・仏教と並び、世界三大宗教の1つとして、
「人種のるつぼ」「サラダボール」と称される多民族国家・アメリカにおいても、
イスラムへの入信者・改宗者は増加の傾向にある、との報告もある。

2. 葛藤と受容

 だが、戦後日本の高等教育を受けて生きた私にとって問題だったのは、
このイスラムという日本にはまだなじみの浅い宗教を受け入れることではなく、
「宗教」を受け入れるということそのものにであった。
従って上記で述べられている入信に至るまでは、
それなりの時間と心構えが必要であった。
それは、2つの意味で受け入れがたい「価値観」が、私の中に存在していたからである。
 
まず、教育と宗教は分離されるべきであるという価値観である。
言い換えれば、真理は学問の探究において見出されるという価値観である。
「学ぶ」ことを通して、私たち人間は既成の偏見や価値観から自由になり、解放される。
そして、このいとなみにより成長(育まれる)し、
日々変革(変わる・変える)していくことが、すなわち「教育」であると理解していた。
従って、その当時の私が抱いていた宗教観は、
宗教とは自由な「学び」を疎外もしくは制限する既成価値観、
あるいは反駁・反論・否定を許されない価値観・倫理とさえ信じて疑わなかった。
私にとって特定の宗教を受け入れるという行為は、
すなわち「学び」を止める=特定の価値観に自分を「ゆだねる」ことでもあったのである。

 2つ目の葛藤の所在として、
生涯をともにしたいと思った存在がイスラム教徒であるという事実であった。
上述したような価値観により、
私にとってイスラムを受け入れるということは、宗教を受け入れるということであり、
現在までの「学び」の姿勢を変えることでもあった。
相手が信奉するイスラム教は、
他信者との婚姻(同じ経典の民とするキリスト教・ユダヤ教は別、とする)を制限する。
生涯を共にしたいと思う相手の信奉する宗教を理解したいという希望と、
一方で婚姻の形式・手段のために宗教を受け入れるということは、
特定の宗教を持たない私とっても相手にとっても真摯な姿勢ではないことを感じていた。

相手を理解したいが、相手の背景である宗教に対する生理的な拒否感。
そして、婚姻を始めとした人間の欲求・生き方が宗教によって左右される現実。

私は、私の中に今までに体験したことのない
「理性」ではわりきることのできない「感情」が存在していることを痛感した。

3. 出会いと理解の過程(学びの過程)

 この私の葛藤に発想の転換を与えたくれたのが、
大学院に同期入学したインドネシアからの留学生・マリアン女史であった。
彼女は妻として、一男一女の母として深く家族を愛し家族を大切にしつつ、
真摯に学ぶ学生であった。
子どもたちが大学に一緒にくることもしばしばで、子どもたちが講義に同席することもあった。
傍らの子どもをいとおしむやさしい母の顔をみせつつ、
彼女は厳しくかつ誰よりも真剣に多くのことに疑問を持ち、
素直に教えを請う真摯な学生であった。

そんな彼女からあるとき、
「学ぶということは、神への感謝」という言葉を教えられた。

そして、まさにその言葉を日々実践しているのが、目の前にいる女史であった。
彼女は毎日、信者の義務とされる1日5回のお祈りを研究室で捧げ、
神への感謝の気持ちをもつこと、人間には何の力も知恵もないことを説いてくれた。
人間に知恵と知識を与えてくれるのは、すべて神の存在があることを教えてくれたのである。
彼女が祈るのは義務ではなく神との対話であり、
それは喜びの時間なのだということも次第に彼女の祈りの姿を見て感じるようになった。

また、彼女は、
「私たちはただ祈り神を意識することしかできない。最善の道は神がお導きくださる。
 そして私たちは、日々努力することを通して、神の祝福を受ける」

と、普段の穏やかな表情からは想像できない厳しい顔で私に語ってくれた。

 この時である。この瞬間、私の宗教への価値観が変わった。
「宗教は、人間を豊かにそして謙虚にさせてくれるもの」であり、
それは同時に「宗教を通して人間は日々反省し、自分以外の存在から謙虚に学ぶ生き物」であり、
「学ぶということは、感謝するという生き方そのもの」であるという確信を得た瞬間でもあった。

宗教を受け入れることは、「学び」を制限するものではなく、
「学び」の対象としての他者を意識し、感謝する行為でもあり、
信仰することを通して日々、自分が育まれていく」ことを、
彼女との「出会い」を通して「学んだ」瞬間であった。


 以上、宗教へのわだかまりが溶けた私は、マリアン女史を通してイスラムを学んでいった。
そこで彼女は、
「イスラムは、強制ではない。神は心を閉ざすものには道をお与えにならない。
 あなたの心を開いたとき、あなたはムスリマとして私たちのもとに帰って来る」と言った。

当時、カウンセリングを学んでいた私は、
そこに「傾聴」の姿勢と実践というコミュニケーション行為の原点を見出した。

私にとってイスラムは、私の積み重ねてきた「学び」の方向性と一致したのであった。
そしてイスラムは、自然に私の中に受け入れられていった。

4. 生活の中で異文化と向き合うこと

 それからの生活は、
文化的背景とともに宗教的基盤を持っている夫たる「異文化」と向き合うものとなった。

と同時に、この「異文化」としての夫との関係は、
私に潜在的かつ無意識に「常識」として存在していた感覚や価値観、態度・姿勢を再確認させる過程でもあった。

この「異文化」同士が生活する中で、
私が無意識のうちにとってきた態度・姿勢は、
「この目の前の異なる人間を理解しよう」という「異文化理解」の前提に立ったものだった。
しかし、私が「理解」しようと臨んでいても、
その対象である「異文化」は自分の文化背景を変えようとしない。
そんな姿勢・態度にいただちを覚えるのは、常に私の側であった。

自然と「理解」(しようと)する側と、理解される側という新たな二項関係ができあがりつつあった。
この二項関係は、「メッセージの送り手が、
「相手を尊重しよう、分かろう、理解しよう」というアプローチで望んだならば、
相手もただちに同じメッセージを送信すべきである、という強制を含んだものであったと、
今にして振り返ることができる。

そんな私に対し、
夫は笑って「リスペクト」という言葉をよく口にした。
そこには、相手を「理解」しようとか、分かろうという気負いは感じられない。
そこには、暗黙に相手の言動を尊重し、
相手とのコミュニケーションを何よりも自分自身が楽しんでいる姿があった。

夫はよく右手を差し出し、
「5本の指はみな違う。これがあなたでこれが私。だから、いいんだ」と。

5. あの出来事を通して―9月11日以降の世界―
 
 9月11日、信じられない映像に強い衝撃を受けたのは、全世界の共通する想いであろう。
前述では5本の指をかざして笑っていた夫は、
次第にイスラム原理主義者の関与が取りざたされるようになるにしたがい、
「ムスリムが、そんなことをするわけがない」と、強いショックを受けていた。
私自身も自分が受容し信仰する宗教と、
私たちの周りで支えてくれている心やさしき敬虔な友人たちとの体温の差、情報の差に、
動揺を隠せないのが事実でもあった。

 事件後、
イスラエルの大学で教鞭をとっていらっしゃる日本人女性の方と、メールを通して情報交換させていただいた。
身近にムスリムの友人が大勢いらっしゃるという彼女(おつれさまがユダヤ教徒)曰く、
「ムスリムの彼/彼女たちも日々の生活の中で心からサラーム(平和)を求めている。」
「イスラエル国民も、BBCやCNNから流される映像について冷静に受け止めている。」
とのことで安心をいただいた。

 また、今回の事件を通して、
国境を超えたコミュニケーション・ツールとしての希望がインターネットの力である。
私が購読しているイスラム関係のML
(メーリング・リストの略。インターネットを利用した電子メールを介した情報交換方法)へも、
以下のようなノンムスリム(イスラム教徒ではない方)からの投稿があった
(ご本人の承諾を得、引用させていただく)。

「テレビを見ていて一番ショックだったのは、
パレスチナの子供達が喜んでいるシーンだった。
イスラエルとパレスチナの長年の対立関係はわかるが、
それにしても子供達にプロパガンダを仕掛ける指導者者層や親達がいることには、
いたたまれない思いがする。
誰かが勇気を持って断ち切らなければいつまでたっても戦争は終わらない」。

「相互に理解して、助け合わないなら、むしろ人類など丸ごと全滅した方がよい」。

 私はこの投稿を拝見して、考え込んでしまった。

 というのは私は日頃、
前述した夫との関係や、そして未知なるもの存在との関係づくりという点において、
「理解」ということの難しさを痛感して対象と出会うことを楽しむように心掛けているからである。

そして人間は、むしろ、
(完全に)「理解」できないという前提から関係づくりをはじめた方がいいのではないか、と、
事件以降の報道に在り方や世界の在り方を感じ、思ったりもしている。
  
私自身、未知なるもの、異質なるものに対して、
違和感や嫌悪感を感じてしまうもの事実である。

しかし、そこから生まれる葛藤や衝突から
新しい価値観を生みだすことのできる知恵を人間は持っている、と信じ、
当小論を展開する希望としていきたい。

6. 教育の現場から(他者を理解するということ)

 そして、問題を教育の場面に移してみたい。
 一昨年、世間を震撼させた「17歳」が起こす事件。
大人たちは「子どもが理解できない」と嘆く。

子どもたちは、「あんな大人にはなりなくない」と拒否する。

幼児虐待の話題も多い。
我が子が「言うことを聞かない。
思い通りにならない」と暴力に訴えてしまう親たちがいる。

そんな親を「同じ親として理解できない」と嘆き、
非難する同じく子どもを持つ親がいる。

教師は、「子どもたちを理解したい」と奮闘する。

しかし子どもたちは、
「かったるい。だるい。うざい」と他人を遠ざけ、同質同士で群がる。

1980年代後半、『コミュニケーション不全症候群』という言葉が流行したが、
上記のような一例は、他者という「異文化」に対する興味・関心の希薄と、
「異文化」同士が「学び」あい、
「育み」あっていこうとする「学びの姿勢」に
どこかズレが生じていることに起因するところがあるのではないだろうか。

 また、2002年の学習指導要領改訂を前に、
「総合的学習」及び「国際理解教育」への関心が高まりつつある。

しかし一方では、完全週休二日制の実施と並行して、
基礎学力の低下を危惧する声も依然として存在する。

そして時流的には、
自分とは異なる存在を理解することが益々難しくなっているのが現実であり、課題でもある。

当小論では、以上のような時代の要請をかんがみ、
従来の「国際理解教育」のアプローチであった
「相手(対象)を理解する態度の育成」から、
お互いに「学び合い」「育み合っていく」文脈へと置きかえ、展開していくこととする。

ご感想・ご意見等をいただけましたら、
   とても嬉しいです。




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